夜明け前
2012.12.29 Saturday
もともと藤村の「初恋」の詩は好きだったのですが、ふとした弾みで他の詩を読んでみたいとこの年になって(苦笑)思い立ち、『島崎藤村詩集』を紐解いたみたのです。
そうしたら、藤村の自序の簡潔で無駄のない文章にすっかり心惹かれてしまいまして、ぜひ散文が読みたいと思い、まず『千曲川のスケッチ』、続いてこの『夜明け前』を手に取った次第なのですが。
いや、あの、すっごく面白かったです。
日本文学の名作という以上に極めて優れた歴史小説だと思いました。
更に(語弊がある言い方かもしれませんが)言うと、「司馬史観以前」の幕末物という意味で興味深い作品とも。
新撰組も坂本龍馬もさらりとしか登場しない、ほぼ同時代に近い視点での幕末史という点で、大変興味深く読みました。
最近の幕末史の記述だと、どうしても佐幕か勤皇かに偏ってしまうのに、主人公が筋金入りの勤皇であるのにもかかわらず、幕府側にも目配りの利いたバランスがとれた記述になっているのは、やっぱり親世代の時代のことでいろいろ生々しいということもあるのかも。時代を解釈するというよりは事実の積み重ねというルポルタージュという側面が強く、歴史観が一貫していないという批判もそこから来てしまうのかもしれない。
主な舞台を馬籠に置いたことによって、木曽の山奥深くにありながらも主要街道の宿場として外部との往来の絶えないこの地で幕末維新の歴史を定点観測するという叙述が魅力的。
時折江戸や横浜の描写を交えて補っている部分はあるとは言え、木曽の山奥の集落にあってもアンテナさえ上げていれば(主人公に高い教養と社会情勢への深い関心があるというのも大きい)あれだけ情勢が把握できるということは、参勤交代による主要街道の人の行き来がどれだけ多くの情報を沿道にもたらしていたかということを示していて、非常に興味深い。
解説によると、馬籠を中心とした木曽街道の当時の様相の、詳細な描写は一次史料(馬籠宿役人の日記)に負うところが大きいということですが、それにしても開国をめぐる幕府側と各国代表との息詰まるやり取りや、山場の一つである天狗党の乱の始末の、緻密で迫力のある叙述は素晴らしく、ぐいぐい引き込まれた。
終盤、小説の主眼が歴史の叙述より主人公の内面の描写に移ったのは、前に挙げた日記史料が明治初年で終わっているためとのことですが、維新に失望した主人公のアンテナが受信能力を失い、ひたすら自己の内面に閉じこもって行く流れと見えて、全く不自然ではなかった。
寺への放火未遂が主人公の狂気を決定づける事件になったことを考えると、物語の当初から主人公の仏教への複雑な意識に随所で言及しているのは、実に丁寧で周到。
そして、簡潔かつ無駄のない文章で繊細かつ生き生きと描き出される宿場や本陣の日常や、木曽の四季の移り変わりの描写が何より魅力的。
名作文学の底力を見せ付けられる思いがしましたよ。
そうしたら、藤村の自序の簡潔で無駄のない文章にすっかり心惹かれてしまいまして、ぜひ散文が読みたいと思い、まず『千曲川のスケッチ』、続いてこの『夜明け前』を手に取った次第なのですが。
いや、あの、すっごく面白かったです。
日本文学の名作という以上に極めて優れた歴史小説だと思いました。
更に(語弊がある言い方かもしれませんが)言うと、「司馬史観以前」の幕末物という意味で興味深い作品とも。
新撰組も坂本龍馬もさらりとしか登場しない、ほぼ同時代に近い視点での幕末史という点で、大変興味深く読みました。
最近の幕末史の記述だと、どうしても佐幕か勤皇かに偏ってしまうのに、主人公が筋金入りの勤皇であるのにもかかわらず、幕府側にも目配りの利いたバランスがとれた記述になっているのは、やっぱり親世代の時代のことでいろいろ生々しいということもあるのかも。時代を解釈するというよりは事実の積み重ねというルポルタージュという側面が強く、歴史観が一貫していないという批判もそこから来てしまうのかもしれない。
主な舞台を馬籠に置いたことによって、木曽の山奥深くにありながらも主要街道の宿場として外部との往来の絶えないこの地で幕末維新の歴史を定点観測するという叙述が魅力的。
時折江戸や横浜の描写を交えて補っている部分はあるとは言え、木曽の山奥の集落にあってもアンテナさえ上げていれば(主人公に高い教養と社会情勢への深い関心があるというのも大きい)あれだけ情勢が把握できるということは、参勤交代による主要街道の人の行き来がどれだけ多くの情報を沿道にもたらしていたかということを示していて、非常に興味深い。
解説によると、馬籠を中心とした木曽街道の当時の様相の、詳細な描写は一次史料(馬籠宿役人の日記)に負うところが大きいということですが、それにしても開国をめぐる幕府側と各国代表との息詰まるやり取りや、山場の一つである天狗党の乱の始末の、緻密で迫力のある叙述は素晴らしく、ぐいぐい引き込まれた。
終盤、小説の主眼が歴史の叙述より主人公の内面の描写に移ったのは、前に挙げた日記史料が明治初年で終わっているためとのことですが、維新に失望した主人公のアンテナが受信能力を失い、ひたすら自己の内面に閉じこもって行く流れと見えて、全く不自然ではなかった。
寺への放火未遂が主人公の狂気を決定づける事件になったことを考えると、物語の当初から主人公の仏教への複雑な意識に随所で言及しているのは、実に丁寧で周到。
そして、簡潔かつ無駄のない文章で繊細かつ生き生きと描き出される宿場や本陣の日常や、木曽の四季の移り変わりの描写が何より魅力的。
名作文学の底力を見せ付けられる思いがしましたよ。